共和国の対応は内政の強化を主眼とした芝居である。これが一連の事態の真実である。
しかし、より重要な真実は、この芝居がもたらす共和国の民衆生活に対する破壊的な作用である。
劇画的で喜劇的な報道される部分との対比において、共和国の現実はあまりにも無残である。
農業は前近代的なものであり、機械化はされておらず、硬い土に手でスコップを入れている。薪は足りているのだろうか?工業団地の閉鎖は庶民の生活にどれほどの影響を与えているのだろうか?
重要なのは共和国民衆の生活現実である。

本質的に軍事力の観点から見れば、共和国とアメリカ合衆国は非対称的な関係である。
おおよそ60年前のソ連時代の軍事力を基礎とする共和国に対して、アメリカ合衆国はあまりにも巨大である。
空母打撃群、潜水艦群、それに長距離爆撃機などによるミサイルを集中すれば、おおよそ1時間で共和国の軍事力の大半を、おおよそ30~50%を無能力化することが可能であると思われる。

問題は、誰もこのような事態を、もしかすると共和国の民衆以外には、望んでいないということである。
中国は、自分の隣国がアメリカ合衆国によって主権を打倒されることを許さないだろう。そしてそのためには共和国を強く強く抑制するであろう。ロシアもそうである。
アメリカは共和国を打倒する意思がない。極東の小国は脅威ではないが、さりとて利益にもならないからである。

共和国を巡る情勢において決定的な影響力を持っているのは日本である。
日本は日米安保条約、そしてアメリカとの同盟関係を有しているという意味でアメリカとのパイプが深い。
一方、日本は憲法第9条を有していることから海外派兵と侵略の先兵となることから部分的には免れている。もし憲法9条がなければベトナム戦争やイラク戦争において自衛隊が米軍と共に侵攻していた可能性が高い。そしてそれは日本社会に決定的な影響力を行使したであろう。憲法9条の存在がそれを不可能にしたのである。
日本は共和国に対して外交権を持っていない。一方において日本は植民地支配という加害者の側面を有している。
つまり日本は極東の安全保障に対して積極的に貢献するべき歴史的使命を有しているのである。
日本の針路は明白である。
アメリカとも中国とも共和国とも仲良くしたいということである。
日本は過去の天皇制帝国主義の桎梏から自らを解放したいと願いつつ、現実の世界政治の中で自らの国家主権を防衛するためにアメリカと軍事同盟を結び、それは主権の防衛上止むを得ざる選択であったということである。
冷戦構造が消滅した現在において、日本は極東における安全保障に対して積極的に貢献出来る位置を有しているのである。それが日本の歴史的・地理的な好条件なのである。

日本が共和国に対して取る態度は、長期間に渡る対話の継続と援助である。10年から30年スパンで考えるべきである。
共和国は表面的には劇画化された演劇国家である。しかしその内実は極貧に苦しむ民衆国家である。アジアの経済成長に取り残されている唯一の地域でもある。
共和国は指導部の延命のためにのみ全ての政策を実行している。
日本はそれに付き合うべきである。
指導部の延命に付き合うべきである。
しかし恫喝に屈せず、経済の改革開放を求めるべきである。ロシアと協調して共和国の経済建設を支援するべきである。
恫喝されたからといって外交関係を遮断せず、それらが演劇であることを理解するべきである。
目的は共和国の民衆生活の向上にのみあるのである。

日本は共和国を通じて外交的により大人になるべきである。
それは子どもへの養育を通じて人間が大人に成長することと似ている。
外交関係は成熟した大人同士の関係を求めている。
特に21世紀のアジア、極東アジアにおいては大人の外交関係が必須である。
日本がそれを行うことは、日本の歴史的・地理的位置から見て必須である。つまり国益に合致する。
安倍政権は猛省して、何なら一回総辞職してやり直すべきである。もう一度民主党に政権を渡してから、その次に上記の内容をすれば良い。それだけで安倍は歴史に名を残すだろう。
日本が今のままでは共和国の民衆も、韓国も、中国も、ロシアも、そしてアメリカもお手上げのままなのである。
そのことをさっさと理解して欲しいと思う。
日本の国民もそれを理解するべきである。

以上