社会民主主義戦線(Social Democratic Front:SDF)

日本の6500万労働者と1億3000万人民、そして世界35億労働者(勝手な推計)と70億人民に訴えます。 あらゆる万難を排し勇気をもって重税を介した福祉社会の実現を! 世界における社会民主主義運動の推進・強化を! 資本からの自由と労働者階級の階級的自律を! 社会民主主義戦線は上記内容に責任を持ち、同時に運動に責任を持ちます。共に共同戦線を形成しましょう!Let's join us, Now!

共和国の対応は内政の強化を主眼とした芝居である。これが一連の事態の真実である。
しかし、より重要な真実は、この芝居がもたらす共和国の民衆生活に対する破壊的な作用である。
劇画的で喜劇的な報道される部分との対比において、共和国の現実はあまりにも無残である。
農業は前近代的なものであり、機械化はされておらず、硬い土に手でスコップを入れている。薪は足りているのだろうか?工業団地の閉鎖は庶民の生活にどれほどの影響を与えているのだろうか?
重要なのは共和国民衆の生活現実である。

本質的に軍事力の観点から見れば、共和国とアメリカ合衆国は非対称的な関係である。
おおよそ60年前のソ連時代の軍事力を基礎とする共和国に対して、アメリカ合衆国はあまりにも巨大である。
空母打撃群、潜水艦群、それに長距離爆撃機などによるミサイルを集中すれば、おおよそ1時間で共和国の軍事力の大半を、おおよそ30~50%を無能力化することが可能であると思われる。

問題は、誰もこのような事態を、もしかすると共和国の民衆以外には、望んでいないということである。
中国は、自分の隣国がアメリカ合衆国によって主権を打倒されることを許さないだろう。そしてそのためには共和国を強く強く抑制するであろう。ロシアもそうである。
アメリカは共和国を打倒する意思がない。極東の小国は脅威ではないが、さりとて利益にもならないからである。

共和国を巡る情勢において決定的な影響力を持っているのは日本である。
日本は日米安保条約、そしてアメリカとの同盟関係を有しているという意味でアメリカとのパイプが深い。
一方、日本は憲法第9条を有していることから海外派兵と侵略の先兵となることから部分的には免れている。もし憲法9条がなければベトナム戦争やイラク戦争において自衛隊が米軍と共に侵攻していた可能性が高い。そしてそれは日本社会に決定的な影響力を行使したであろう。憲法9条の存在がそれを不可能にしたのである。
日本は共和国に対して外交権を持っていない。一方において日本は植民地支配という加害者の側面を有している。
つまり日本は極東の安全保障に対して積極的に貢献するべき歴史的使命を有しているのである。
日本の針路は明白である。
アメリカとも中国とも共和国とも仲良くしたいということである。
日本は過去の天皇制帝国主義の桎梏から自らを解放したいと願いつつ、現実の世界政治の中で自らの国家主権を防衛するためにアメリカと軍事同盟を結び、それは主権の防衛上止むを得ざる選択であったということである。
冷戦構造が消滅した現在において、日本は極東における安全保障に対して積極的に貢献出来る位置を有しているのである。それが日本の歴史的・地理的な好条件なのである。

日本が共和国に対して取る態度は、長期間に渡る対話の継続と援助である。10年から30年スパンで考えるべきである。
共和国は表面的には劇画化された演劇国家である。しかしその内実は極貧に苦しむ民衆国家である。アジアの経済成長に取り残されている唯一の地域でもある。
共和国は指導部の延命のためにのみ全ての政策を実行している。
日本はそれに付き合うべきである。
指導部の延命に付き合うべきである。
しかし恫喝に屈せず、経済の改革開放を求めるべきである。ロシアと協調して共和国の経済建設を支援するべきである。
恫喝されたからといって外交関係を遮断せず、それらが演劇であることを理解するべきである。
目的は共和国の民衆生活の向上にのみあるのである。

日本は共和国を通じて外交的により大人になるべきである。
それは子どもへの養育を通じて人間が大人に成長することと似ている。
外交関係は成熟した大人同士の関係を求めている。
特に21世紀のアジア、極東アジアにおいては大人の外交関係が必須である。
日本がそれを行うことは、日本の歴史的・地理的位置から見て必須である。つまり国益に合致する。
安倍政権は猛省して、何なら一回総辞職してやり直すべきである。もう一度民主党に政権を渡してから、その次に上記の内容をすれば良い。それだけで安倍は歴史に名を残すだろう。
日本が今のままでは共和国の民衆も、韓国も、中国も、ロシアも、そしてアメリカもお手上げのままなのである。
そのことをさっさと理解して欲しいと思う。
日本の国民もそれを理解するべきである。

以上

http://www.ustream.tv/recorded/29989861

↑あおぞら放送「テントひろばから~」第25回・菅直人(2013/3/15)

しかし、鎌田慧氏や松元氏は無責任な人たちだなぁ~と思った。
自分たちは政党政治のようなドロドロな世界には無縁な一般市民という面構えが嫌な感じである。
反原発、実現したいなら既存の政党政治の世界にもっと参加するべきである。
それが基本であり、原則だと思う。
正直、菅総理は頑張ったと思う。
自分は菅総理を支持していたが、それは正しかったと思う。
参院選まで時間がなく、自分もあまり動けず、社会民主党の動きもあまりに鈍い。
きっと全然ダメだろう。
全くどうしようもない時代である。

しかし、民主党降ろしに加担した人々は猛省して欲しい。個別課題における反対と政治力学全体の状況把握は区別するべきであり、野田政権を徹底的に批判することに終始していたことが、結果的に自民党に力を貸したのである。
特に日本共産党と社会民主党は結果的に小沢氏を経由して自民党に加担したのである。
そのことをよーく肝に銘じて欲しい。
総括!総括!総括!
その上で頑張ろう!!

○核実験に抗議します。
まず核実験に強く抗議します。
核は人体に破壊的で非人道的で筆舌に尽くし難い惨禍をもたらします。そしてその被害は自然界全体に及びます。海を隔てた大陸の山地が大きく汚されたことに満腔の怒りを感じました。
また国民を抑圧し、搾取し、その金で核開発をしていると考えると虫酸が走ります。
アメリカによる体制圧殺の圧力に対する対抗的措置、休戦協定締結のための措置、国内統治の強化、など、理由などはどうでも良いです。
ただただ、国民の大多数が貧困に喘ぐ社会を形成促進している一部身内・利権集団の独裁体制でしかない現在の指導部に怒りを感じます。

○共和国の核を巡る状況
共和国の核を巡る状況はしかし、根本的には変化しません。アメリカは既に共和国を潜在的な核保有国と見ています。中国とロシアも共和国の核武装を本気で阻止しようとは思っていません。
安全保障理事国が最大に懸念するのは核拡散であり、その可能性がある場合、限定的な武力行使がされると思います。
これら国際社会の動向を全て把握した上で共和国は核実験を実施しました。
そして、この核実験は共和国の内政・外交の両方の道具として使用されています。
外交的には対米交渉のカードであり、その目的は体制の安全の保障と援助物資です。
各国は共和国の核保有を非難するでしょうが、主権国家による主権の防衛のための核武装一般は禁じられる行為ではなく、安保理常任国の一国として核廃絶を主張している国はありません。
核は国家主権の究極の防衛手段であり、それはつまり国家主権を破壊する最強の道具なのです。
安保理常任国以外の核クラブ入りした国もまた共和国を非難していますが、あまりにも偽善的な態度と言わざるを得ません。特に共に開発をした仲であるパキスタンとイランの非難声明は聞くに堪えません。
無論核兵器は許されざる兵器であり、その使用もまた人類に対する罪です。特にアメリカはその使用に関して同義的な責任を有しています。一刻も早く謝罪と補償を行うことを要求します。

共和国の核を巡る状況を一言で言い表すとすれば、それは巨大な茶番であるということです。
あまりにも茶番です。
そこには核兵器に対する怒りも、抑圧され、搾取されている民衆への共感も欠落された茶番です。
国際社会のどちらを向いても国家と体制の擁護者の言動のみが存在し、形式的な批判のみが存在しています。
あまりにも、あまりにも茶番です。
この茶番こそ度し難い人間と社会に対する敵対的な行為です。

○共和国は知るべきである。
共和国は知るべきです。自らが人間と社会に対して行っている行為が、その誇りと尊厳を奪う茶番でしかないことを。それは国家が行いうるもっとも恥かしいことなのです。
そして国際社会とその擁護者たちは、みずからがその度し難い茶番の道化者にしか過ぎないことを知るべきです。
国際社会は今こそ、核兵器完全廃絶に向けて動き出すべきです。非戦闘員を殺害するという人道に反する兵器である核兵器を許してはいけません。核のもたらす残酷性に目を向けるべきです。そしてまた、何より、共和国の民衆の惨状と抑圧に目を向けるべきです。
共和国は、その抑圧と傲慢を人々がますます知りつつあることを知り、歴史の舞台から早急に退場するべきです。早く亡命地を見つけ隠遁することを進めます。それもまた無理でしょうが。

以上

Brand New Heavies    Your the universe


You’re the future, and you’ve come for what is yours
The hidden treasure, locked behind the hidden doors
And the promise of a day that’s shiny new
Only a dreamer, could afford this point of view
But you’re a driver, not a passenger in life
And if you’re ready, you won’t have to try ’cause

You are the Universe
And there ain’t nothin’ you can’t do
If you conceive it, you can achieve it
That’s why, I believe in you, yes I do

You’re a winner, so do what you came here for
The secret weapon, isn’t secret anymore
You’re a driver, never passenger in life
And when you’re ready, you won’t have to try ’cause

You are the Universe
And there ain’t nothin’ you can’t do
If you conceive it, you can achieve it
That’s why, I believe in you, yes I do

You are the Universe
And there ain’t nothin’ you can’t be
If you conceive it, you can achieve it
That’s why, I believe in you, and I believe in me

(Yes I do
Believe in you
I do)

You’re a driver, not a passenger in life
And when you’re ready, you won’t have to try ’cause

You are the Universe…


あなたこそ未来 欲しいものを手に入れるために生まれてきた。
秘密の宝 隠されたドアの後ろに閉じ込めれてる
その日の約束がキラキラ輝く
夢想家だけがこういう意見を持てるのね。
あなたは運転手 人生の乗客なんかじゃないから
用意ができたら試してみる必要はないわ なぜなら

あなたこそ宇宙だから
あなたにできないことは何もない
もし思いついたら それは達成したことよ
だから私はあなたを信じているの そう

あなたは勝利者 したいようにすればいいわ
秘密の武器はもう ちっとも秘密じゃないから
あなたは飛び立つことを恐れないプレイヤー
用意ができたら試してみる必要はないわ なぜなら

あなたこそ宇宙そのものだから
あなたにできないことは何もない
もし思いついたら それは達成したことよ
だから私はあなたを信じているの そう

あなたこそ宇宙そのものだから
あなたは何にでもなれる
もし思いついたら それは達成したことよ
だから私はあなたを 私自身を信じているの

あなたは運転手 人生の乗客なんかじゃないから
用意ができたら試してみる必要はないわ なぜなら

あなたこそ宇宙そのものだから







□社会民主党の敗北の原因
 社会民主党の敗北の原因は様々である。しかし、一番の原因は民主党に対する態度である。
 社会民主党は、民主党に対して、あくまでも連携し、民主党が政権を獲得した当初の合意を履行するように、あくまでも説得を続けるべきであった。というのも、民主党が敗北するということは、自民党、もしくは維新の会やみんなの党などの保守・反動勢力を伸張させることにつながるからである。
 社会民主党はその矛盾した立場を保持する必要があった。そして、社会民主党はその説明を通じて、現在の日本の政治状況がどこにあるかを明示する必要があったのである。
 思えば、民主党が政権を獲得したのは、景気悪化による社会保障充実への国民の要望と、新自由主義に対する不安からであった。民主党は自民党では年金は破綻すると嘯き、そして同時に社会保障の充実を埋蔵金という幼稚な嘘で国民を欺いた。しかし、蓋を開ければ埋蔵金はなく、そして年金は破綻しなかった。そして社会保障の充実はどこかへ行き、事業仕分けと基地問題が前傾化した。社会保障の充実は維持に代わり、消費税の導入が議論された。
   社会民主党が連立政権の中で果たすべき役割は、当初民主党が掲げた公約を実現するための現実的な対応策を提案し、国民と民主党に示すことであった。それは社会保障の拡充、労働者の権利の拡充であった。ここにおいて国民運動を組織する必要があった。つまり、社会民主主義運動を国民運動として組織し、民主党政権を社会民主主義の方向性に組織する必要性があったのである。
 しかし、現実に社会民主党が取った方向性は、党利党略のために実績を上げることと、また民主党の政策を一つ一つ吟味して伸吟することであった。それは世論と政党の理念の間を揺れる、よくある左派の憂鬱である。
 社会民主党がよくある左派の憂鬱に陥っている間に世界は動いた。大衆運動は有効に組織されず、民主党は新自由主義的な方向性に流れ、3.11が起き、民主党は方向性を変えながら自民党化し、ついに税と社会保障の一体改革で自民党と手を組み、国民は民主党を見切った。
 とはいえ、自民党の安倍政権が行う経済政策は中長期的に日本経済を悪化させる可能性が高く、またそのタカ派的な姿勢は時間が経つにつれ国民には嫌悪されるものとなるであろう。民主党が再び注目される可能性は大いにあると私は考える。
 問題は社会民主党である。
 社会民主党は、もはや一党で全体を牽引出来る立場に立つことはない。それは民主党との連立政権時代が最初で最後であった。
 社会民主党はもはや、少数政党として生き残りに汲々とするしかない政党である。
 
□社会民主党再生のために
 社会民主党の再生は長く長く険しいものとなる。党勢は今の1/5位まで落ち込むだろう。社会民主党は本当の意味で生まれ変わらなければならない。
 社会民主党は、もはや党利党略のレベルで何かが出来る政党ではない。下手に実績とかを考えても意味がない。社会民主党は同時、大衆運動の連合体としてもあまり意味がない。なぜなら、改憲阻止にしても反原発にしても、全国民的な運動課題にはもはやなり得ないからである。
 また社会民主党が再生するためには、日本社会全体の状況変化が必要だろう。新自由主義的な方向性への組織化が一定程度進行することが不可避であろう。それは日本経済の構造的な必要性からもそうであるからだ。
 社会民主党がするべきこと、また国民に提示するべき事柄は、やはり社会民主主義である。そしてそれが基礎であり、そして武器である。
 具体的には、社会民主党は、①具体的で現実的な政策を提起すること。②そのための方法論を提示すること。また運動を組織すること。③基礎的な資料を多く国民に提示し、また多くの国民と議論することで、世論そのものを形成し、また近代的な政治と政党の両方を組織すること。である。
 日本社会においては地方自治が強力な中央集権制によって制限され、それが国民の政治参加を阻害している。しかし他方においてそれは全国共通で普遍的な行政サービスを可能としている利点も有している。本来政党はこの中央と地方の政治的格差を埋める機能を果たすべきである。そして自民党は一時期利益誘導でこれを実現していた。共産党は上位下達でこれを行ってきた。社会民主党は、真に近代的な政党として、国民に国家と社会の現実と方向性についての正しい知識と選択肢を提示し、また社会民主主義の可能性とそのための負担について提示することで、議論を組織すると同時に、政治参加を促進し、また自らの主張を点検、流布、形成していくべきであろう。事に中長期的には憲法問題や外交安全保障問題に関しては、多く議論する必要性があると考える。
 このような政党観は恐らく日本の近代政党政治史においてない形態である。しかし、社会民主党は、もはや、自分たちの政治理念や政治選択そのものを可能とする政治的空間を同時形成することでしか、生き残ることが出来ないことを自覚するべきである。これはしかし、恐らくどの政党に関してもそうであろう。自民党も民主党もそうであろう。公明党だけが例外である。
 社会民主党は、社会民主主義的な政策をしっかりと吟味・公表し、多くの国民にそのための資料を提供し、議論することを組織せよ。政党交付金はそうじゃなければ無駄金になる。日本の民主主義そのものを底上げすることこそが社会民主党の役割なはずだ。
 私もその一員として微力ながら努力することを最後に申し添える。

以下NHKより転載

インドの報道によりますと、国産兵器の開発を担っているインドの防衛研究開発機構は27日、ベンガル湾で潜水艦発射型の弾道ミサイル「K5」の発射実験に成功し、開発は完了したということです。
K5は射程距離が1500キロ、核弾頭を搭載することも可能だということで、今後、インドが就航を目指している原子力潜水艦への実戦配備に向けて準備が進むものとみられます。
インドは去年、アジアのほぼ全域とロシアやヨーロッパの一部を射程におさめる長距離弾道ミサイル「アグニ5」の発射実験を行っています。
新たに開発されたミサイルが配備されれば、インドの弾道ミサイルによる攻撃能力はさらに高まることになり、急速に軍備の拡張を進める中国や領土問題で対立が続くパキスタンなど、周辺国を刺激することになりそうです。

以上転載終わり。

しかし、インドは見事に核クラブ入りしましたね。
今のところ公式な非難声明は出ていない模様です。
見事な国際社会の対応でございます。

ところで昨今の安全保障論議ですが、非常に抽象的で観念的である感が否めません。
田嶋氏の孤軍奮闘虚しく護憲派は劣勢に立たされております。しかし、改憲派の現状分析が、昔の左派の恐慌論(だいたいショックドクトリンってもともとは左派のやり方でしょう)と同じくらい杜撰なものであることも明らかであり、問題はそこにあると考えます。なので少し安全保障について考えたいと思います。

まず、現代の戦争とは何かをしっかり把握することです。というのも、なんだかんだいって、安全保障は物理力の強制、つまり物理的な破壊力を背景とした近代的軍隊組織の存在と活用を前提としているからです。
そして軍事力と安全保障とは、国家の主権を防衛とすることを第一義としています。
国家の主権とは、具体的には、国内的には統治機構の貫徹(税の徴収、法の執行・制定、国家制度の確立・改編)、国外的には各種の外交交渉、国外における国家的利益の確保、等が考えられます。
さて話を戻します。
現代の戦争の特徴とは、何か?
それは熱核戦争であるということです。
え?熱核戦争???
もはやこの単語さえ理解出来ない方が多いのが現状でしょう。特に右派の諸君の多くには知らない方が多いと思います。
熱核戦争とは核ミサイルを主な兵器とする戦争です。そしてあの「冷戦」時代の戦争形態でもあります。
このもはや過去の遺物とされたと思った熱核戦争がなぜ今でも決定的なのでしょうか?
それは、その破壊力がそれ以外の兵器に比べて桁違いに強いからです。
戦争の本質は野蛮です。棍棒で相手の脳髄を叩き割る事と核ミサイルを相手の国に撃ち込むことに大して違いはありません。人間、つまり人類の歴史の一側面はその残忍な好戦性にあります。野蛮で残酷です。SFに出てくる好戦的で何か大切なものが欠けているような感じの宇宙人は、ある部分における人間そのものでもあります。東西両陣営は最終的に弾数を競いました。弾数が多い方が有利だからです。西部劇と同じですね。
その後冷戦は終了し、熱核戦争の危機は去りましたが、相変わらず核兵器は大量に存在しています。
それは何故か?
核兵器を必要としている国家主権の防衛が残っているからです。
核は通常兵器に対して優位にあります。当たり前ですが。
例えば、日本と中国を考えましょう。尖閣諸島の問題にしても、中国の軍事力強化の問題にしても、重要なのは中国が巨大な核大国であるということです。
そして、ここが肝心な点ですが、中国は核大国であるからこそ、日本を侵略し、日本に上陸し、日本を占領する必要性はまったくありません。最終的な決着は核の行使を宣言・示唆することで解決するでしょう。
核兵器というのは、その破壊力の強大さゆえに、活用出来る選択肢を多数その保持者に与えます。それがゆえに国家主権の防衛や軍事力の強化を考える国家・集団は核兵器を欲するのです。
日本はアメリカの核の傘の下にいます。だから日本も実質的には核武装しているようなものです。
日米安保条約とは、熱核戦争の時代においては、実質的な核武装をしていることと同じなわけです。そしてそれは同時に日本がある程度アメリカの世界戦略に「従属」することを意味もします。核武装してもらっている代金のようなものです。ドイツは良いですね。フランスという核大国があって。フランスが核武装しているから、ドイツはNATOで連携しアメリカからも一定の距離を保つことが出来るのです。日本には、そのようなアジアの国は存在しません。一番近いのは韓国ですが、歴史認識の問題を軸にして適切な距離感を形成することが出来ていません。しかし、適切な距離感を形成し、パートナーシップを形成していくことが非常に重要であることは間違いないと思います。
イスラエルもまた非公然でありますが、ほぼ確実に核武装している国家です。そして、そうであるがゆえにイスラエルは好戦的な姿勢を取ることが可能なのです。もちろん反対の姿勢もしかりでしょう。それは情勢分析と戦略に規定されます。
冷戦後の現代においても核兵器が多数存在し、かつそれを欲する国家・集団は多数存在します。例えばテロ集団は核を欲するでしょう。それによってテロの方法が飛躍的に上昇するからです。

現代戦争は熱核戦争であり、その主要な兵器は核兵器であり、そしてそれが現実に多数存在している。このような状況の中に世界は存在している。これが現実です。そしてアメリカが核を捨ててもインドは捨てないでしょう。フランスもです。核はそういうものです。
朝鮮民主主義人民共和国の核開発は、日本の右派の悲願である核武装と同じ程度の「火遊び」です。その理由は、そもそもの国内統治機構の未整備と安全保障戦略の欠如があります。
朝鮮民主主義人民共和国は、核武装したとしても体制の維持は長期的には不可能です。それは国家というものが根本的には経済力に規定されているからです。
1989年社会主義世界体制の崩壊と共産主義運動の敗北は、決して主体思想によって克服することは出来ません(鎌倉孝夫さんへ)。
日本の場合はどうでしょうか?
日本はまず、アジアの中で有効なパートナーシップを形成する必要があります。というのも、日本の核武装とは、アジアの中における孤立を決定的にするものであるからです。なので、日本の核武装は日本の国家に対して不利益をもたらすものでしかありません。

日本は非常に難しい立場に立っています。
国民の多くは、アジアの中において、中国を含めたアジア諸国と協調し、平和的な国家を形成したいと願っています。しかし、中国は国内統治の問題(少数民族の分離独立、格差)、対外政策における主権の拡張のために軍事力を増強しています。そして核大国です。また日本は実質的にアメリカに核武装させてもらっています。日米安全保障条約という強力な軍事同盟を有しています。
そして、日本はアジアに対する系統的で体系的な戦略を持ち得ていません。また国内的にも、アジアの中でどう生きていくのかに関して合意がありません。日本をアメリカの西海岸かハワイに近づけない限り(そして右派はそれを嫌うでしょうが)それを考えるのは必須なのですが。。
この日本の問題、つまりアジアでどう生きていくのか、についての合意形成の不在、こそ、日本の最大のアキレス腱なのです。
そして、ここで決定的に重要なのは、日本はやはり大日本帝国をしっかりと総括出来ていないということなのです。そして、あの戦争、つまり中国侵略から玉音放送に至るあの戦争、あの戦争の総括さえもしっかりと出来ていないということなのです。
私は、アジア戦略は、現行の平和主義憲法に、とてつもなく大きなヒントが多数隠されていると考えます。それについてはまた機会を改めて述べたいと思いますが、30年後、50年後に平和なアジアを作ることが、私たち「日本」人の使命であると考えます。

国家とは、つまるところ集団的な観念です。そしてそれが様々な形態を取って力として現実しています。しかし、どこかでそれは集団的な観念でしかないことを理解することも重要であると思います。
国家と集団的な観念そのものが、まるであたかも一つの実在する自然の力であるかのように人々の意識に反映し、それが人々の行動をも規定してしまうとしたら・・・。まさにマルクスの批判する宗教的世界そのものではないでしょうか?
もちろん、このことは全ての国家と国民に当てはまります。
日本の憲法が凄いのは、国家の主権防衛を制限することで、国家の万能性そのものに制限を設けていることです。そして、それは大日本帝国という、非常に人格的で恣意的な「国家」に対する反省であると思います。これをストレートに他の国に当てはめることは難しいですが、まずは、それがもたらされた背景に何があったのかを知ることが必要なのではないでしょうか?
具体的な個人の具体的な生活と肉体が、具体的に破壊された、そしてそれの一つ一つが不可逆で取替え不可能な固有性を刻印された現象であることを、私たちは想起するべきであると思います。
私たちの存在自体が、一つの自然であると同時に不可逆で固有な存在であること、このことは、非常に逆説的ですが、私たちは行為において意外と可逆的であり取り替え可能な主体であることを示唆しているのかもしれません。しかし、このことは議論をますます迷走させるだけでしょうからやめておきます。
国家の主権を制限することが憲法の基礎であり、それが法治社会の基礎であること。そのことの重要性を深めることと、それを対話を通じて広げることが大切であると思います。
現実的には、インドの核開発は、インドの国家主権が経済的にも国内統治的にも安定しているのでOKで、朝鮮民主主義人民共和国はその条件を満たさず、また核開発を経済援助の道具化しているので性質が悪くてNGというのは理解出来ます。しかし、それでもやっぱり、核自体がNGであるということを何度でも繰り返す必要があると思います。そして核を廃絶するためには、国家や国家と利害を共にする集団では無理なのです。
それを可能とするのは、個人です。そして個人とは私でありあなたです。
私やあなたが核を廃絶し、国家の主権に制限を設けさせることを可能とする主体なのです。
そのことを訴えてこの駄文を終わらせたいと思います。

「魔法みたいに」(寺尾紗穂)は素晴らしい歌である。
それは「もしも二人が笑える」ならば、世の中の不条理や不公正に対して立ち向かえること、何よりも、欺く言葉に立ち向かえると歌っている。
こ の歌が本当に凄いのは、まず最初から終着地点が設定されているところである。それは「二人が笑える」という状態である。「二人が笑える」という状態は、非 常に日常的な状態である。それは二人がお互いに心を寄せ、心を配ることを内包していると思われる。この日常性が、恥、外聞、嘘、偏見、涙、など現実の世界 に対して、その不条理に立ち向かう人間の美しい感性を形成することが出来ると歌っている。
そして、私が本当に凄いと思うのは、この歌は、現実=不条理、非記号的な「モノ」と観念=条理、記号的な「ウタ」との関係が非常に上手く表現されているということである。
ま さにウタなのである。記号は単なる表記ではなく、それ自体実体である。それは私たちの存在の核である。神経が形成する身体的な空気のようなものである。そ れはクオリアとして茂木氏が提唱していたようなものである。それはまさに音楽である。精神は音楽のようなものなのかもしれない。
モノとしての現実に対して、日常の二人が笑えるのならば、それに立ち向かえるという構造は、世界そのものと人間の関係を鮮やかに表している。
つまり物理的な世界の中で人間は記号=観念を介して遭遇することで、特異な人間的世界が立ち現れるのである。
そしてその記号=観念とは、日常的な、とある二人のささやかな「笑い」なのである。特殊な態度性ではないのである。
20世紀の哲学を特徴付けていたのは、一面では「世界との対決」であった。代表的なのはハイデガーであろう。神なき後の世界において、人間は世界とどう関係するべきか、がそこにおいては課題であったように思える。
この歌はそれを「魔法みたいに」乗り越えている。
世界と人間の関係の和解、そして不条理に対する人間の柔らかくて美しい感覚の擁護、この歌こそ「魔法みたい」な歌である。
寺尾紗穂さん、ナイスです!

魔法みたいに 
作詞・作曲 寺尾紗穂

もしも二人が笑えるのなら
つまらない恥や外聞なんて
川に溶かして消してしまおう
遥かな空に

もしも二人が笑えるのなら
醜い嘘や偏見なんて 
砂の城のように崩してしまえ
遥かな海に

もしも二人が笑えるのなら
遠い遠い国で涙流す子の
涙の熱さを感じられるよ
握った手に

もしも二人が笑えるのなら
美しいときを歌えるなら
欺く言葉に立ち向かえるよ
魔法みたいに
魔法みたいに
魔法みたいに









あらゆる不条理と不正、そして不幸の世界からの一掃。
それが私の共産主義でした(です)。
寺尾さんのこの歌を聴くと、自分が憤った時の感情がよみがえります。
不条理と不正、そして不幸を許さない感情、感覚は、いまでもとても大切だと思います。

たまに職場でTVを見る機会があるが、だいたい政治の内容がほとんどだ。
どんな時代なのかと思う。
安倍首相がTVに映る。

なのとなく、元に戻った感があるように感じる。
報道的にも、紹介する人的にも、世の中的にも。
同僚の20代男性は「また官僚支配に戻るんでしょ」と語っていた。
彼は国政選挙には興味がなく、しかし小泉首相には熱烈な支持を与えていた。
将来彼は小泉Jrに投票するのだろうか?
自民党がそれを計算しているのは間違いない。
結局民主党の3年半は「幻」だったのだろうか?そんな感じさえする。
そして社会民主党はこのまま消滅してしまうのだろうか?
社会民主党にとっての今回の選挙とは何だったのかを、改めて考えたいと思う。

このページのトップヘ